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そば創りノ日々

地域の人と人とを繋げるお蕎麦屋さん創り~自分の“やりたい”を叶えられる蕎麦屋さん開店への準備の軌跡~


“蕎麦”に携わる人々の想いを紡いでいく、【そば色ノ日々】。今回は、様々な職の経験を経て、現在群馬の地にて、地域のコミュニティになる蕎麦屋の開店を目指し準備を進めている、堀越さんのお蕎麦への想いを紡いで行きたいと思います。

プロフィール
<堀越 裕司さん略歴>
群馬県太田市在住。蕎麦屋の長男として生まれ、様々な飲食店や雑貨屋などでの経験を積み、現在は、父のお店を継ぐ形で、2025年に人の集まる地域のコミュニティとなる蕎麦屋の開店を目指し準備中。ミスユニバ―シティ群馬の父。

—堀越さん本日はお忙しい中にも関わらず、貴重なインタビューのお時間をいただきありがとうございます。現在堀越さんは、2025年の蕎麦屋の開店に向けて準備中と、SNSを拝見しましたが、蕎麦屋さんを開こうと活動を始めた背景についてお伺いさせていただいてもよろしかったでしょうか。

こちらこそ、本日は貴重な機会をいただきまして、本当にありがとうございます。まずは簡単に自己紹介も兼ねて、お話させていただければと思います。

私は元々、蕎麦屋の長男としてこの地で生まれたのですが、当時はバブル経済というコトもあって、お店も本当に忙しい毎日だったので、皿洗いをしたり、海老の皮を剥いたりの手伝いを、土日も朝から晩まで手伝いをしてきました。

<お父様のお蕎麦屋さんオープン時>

そうしたことの反動か、青春時代には、パンクロックやファッションに目覚め、一度は少し道を外してしまった時期もありつつ、

蕎麦屋の長男として生まれたのだから、折角なのだし蕎麦打ちは身に着けておきたいと思い、お蕎麦好きの方なら名前を知っている、都内の某有名老舗蕎麦屋にて修行に行くことにしました。

<修業時代に兄弟子との食べ歩き>

—その某老舗蕎麦屋さんでの修行が、今の堀越さんのお蕎麦屋さんを開店するという目標の第一歩となったのですね。

はい。その通りなのですが、実は残念ながらそちらのお店での修行は3年間しか出来なかったのです。老舗の蕎麦屋の場合、3年間の修業期間は、修行した内に入らないのですが、父の具合が悪くなったこともあって、どうしても実家に戻らないといけなくなってしまいまして。

ただ、実家に帰ったら帰ったで、当時自分もまだ若かったこともあり、親子の関係もがたがたとしてしまったり、結婚も控えていたというコトもあって、お金を稼ぐ必要から、居酒屋などで仕事をするようになっていきました。

そんな中、イオンがオープンするタイミングで、某ハンバーガーチェーンのスタッフとして働き始め、3か月で店長にさせてもらったり、そのハンバーガー屋のフランチャイジーの社長が某雑貨書店のお店もやっていて、そちらも手伝わせてもらったりをかれこれ10年程続けていました。

ただ、土日もない中でがむしゃらに働いてきたのですが、子供たちが身体を壊してしまった時に、土日の休みが取れる仕事をと思い、今は、給食センターで働いています。

—いろんな条件が重なって、お蕎麦からは少し離れてしまったのですね?そんな時に、今お蕎麦屋さん開店に向けて動き始めたきっかけはあるのでしょうか?

今は給食センターではたらいているのですが、とある年末に、老舗蕎麦屋で一緒に修行していた兄弟子達に、年越し蕎麦を打つのを手伝いに来てくれといわれて、久しぶりに打ってみたのですが、不思議なもので身体が覚えていて、蕎麦を打っていると、なんだかとてもしっくりときたんですよね。

そして、少し話がそれるのですが、実は2年前にバイクで大きな事故をしてしまいまして、暫くの間、仕事もできなかったり、丁度コロナの時期とも重なって、色々と考える時間ばかりがあったんですね。そんな時に、『自分の人生、いつどうなるかなんか分からない』、と人生観が少し変わったんですね。

子供たちが大きくなってきたこともあって、折角の人生、自分の本当にやりたいことに、自分の力でもう一度挑戦したい、という想いが日に日に大きくなっていく中で、やっぱ自分のアイデンティティは蕎麦だと改めて思うようになり、今に至っています。

—そこからSNSの発信や、具体的に”2年後”に開業という目標を立てるようになっていったのですね。

父が脳梗塞で倒れてしまった時に、元々のお店は廃業になっているんですね。ただ、自分自身もいつかやるかもしれないというコトは伝えてあって、お店はそのままにしてくれているんです。

下の息子が高校に上がる二年後を目標に、今は毎週蕎麦打ちを元のお店を使ってやっています。

ただ、自分に甘いところも実はあったりして、途中で逃げ出してしまうんじゃないだろうか?と自分自身思うところもあり、逃げ道を絶つという意味も込めて、SNSで宣言して、日々発信をしています。

—元々音楽活動をやっていたこともあって、発信がすごく素敵ですよね。

蕎麦屋って少し地味なイメージがどうしてもあると思うんですよね。Youtubeで、ラーメン屋さんや焼肉屋さんや、お寿司屋さんとか、キャラが立ってとても面白い方々が発信も多くされているけど、そういうお蕎麦屋さんは少ないと思うんですよね。

<若かりし頃の堀越さん>

だからこそ、折角だからと、ロックをかけながら蕎麦打ちをする動画を作ってみたり、様々な発信方法に挑戦していますね。

—今後どのようなお蕎麦屋さんを作っていきたいかなど想いをお聞かせください。

オープンキッチンで、お客さんの目の前で蕎麦を打ったり、天婦羅を揚げたりと、ライブ感も楽しんでもらえるお店作りをしていきたいですね。きっと、音楽をやってた時にステージに立ってパフォーマンスをしていたコトが影響していますね。人を楽しませるコトが好きなんですよね。音楽も一緒で、音源を聞くのも良いけど、やっぱライブなんですよね。蕎麦屋の空気を食べに来てもらえる、楽しんでもらえる、そんなお店にしていきたいと思っています。美味しかった、だけではなく、楽しかった、と帰りがけに言ってもらえるようになると、とても嬉しいですね。

あとは、やっぱりお酒を楽しんでもらいたいです。蕎麦前は文化だと思っています。居酒屋で呑むのとはまた違った魅力を、多くの人に届けていきたいです。

そして、まずはスロースタートですね、お客さんに一緒にお店を育てて頂く、そうして成長させていきたいと考えています。 そして自分自身、人との繋がりがとっても好きなんです。なので、自分のお店も、人が集まる、コミュニティの場にしていきたいとも考えています。

<堀越さんの日々の蕎麦打ち>

<最後に、堀越さんにとって“そば色”とは?>

【“グレー”ですね】

自分の加減次第で、白っぽくも、黒っぽくも変えていくことが出来る、そんな遊びの幅があるところが、蕎麦の魅力だと思っています。

堀越さんSNS
Instagram : @soba_horikoshi

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蕎麦屋 de 上機嫌

蕎麦屋 de 上機嫌

蕎麦酒タニスタ兼インスタグラマー

幼少期と学生時代、そして仕事でシンガポール、インド、ミャンマーと渡り歩いた末に帰国。お蕎麦屋さんでいただく“一杯”の魅力に取りつかれ、現在は全国のお蕎麦屋さん巡りをライフワークにする蕎麦屋酒ニスタ。 普段はIT系上場企業にてDXな事業に従事する傍ら、日々、蕎麦屋酒の魅力をSNSを通じて発信中                          InstagramID:sobaya.de.jyokigen

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