発芽そばゆき 店主 井上 友貴さん
“蕎麦”に携わる人々の想いを紡いでいく、【そば色ノ日々】。今回は、発芽そばに魅了され、数々のお蕎麦屋さんでの修行、そして間借りでのお蕎麦屋さんを経て、現在は住所非公開ながら素敵な蕎麦前と発芽そばで、多くの人を虜にしている井上 友貴さんの想いを紡いで行きたいと思います。
プロフィール |
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<井上 友貴さんの略歴> 1991年2月4日千葉県生まれ。 高校から東京に引越しし、栄養士の専門学校を卒業後、複数の蕎麦屋での修行後、間借り蕎麦屋を経て、現在住所非公開ながら連日予約の取れない蕎麦屋を経営。日々、発芽そばの魅力を発信中。 |
──井上さん、本日はお忙しい中、インタビューの貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。思い返せば、間借りのお蕎麦屋さん時代から、本当にファンで、こうしてそば色ノ日々でも取り上げさせていただけること、大変に光栄に感じています。本日はよろしくお願いします。
では、早速なのですが、まずは井上さんのお蕎麦との出会いから教えていただけますでしょうか?
こちらこそ、いつもありがとうございます。こうして上機嫌さんとお話しできること、楽しみにしていました。よろしくお願いします。
私のお蕎麦との出会いですが、元々栄養士になることを目指して専門学校に通っていたのですが、とある日に父に連れられて、当時駒込にあった【たまえ】さんという、12品ほどの、すべての一品にお蕎麦を使われる蕎麦懐石のお店でお蕎麦を食べた時に、本当に感動したことが最初のきっかけになります。今ではもうご引退されていると聞いていますが、当時は本当に予約が取れず、3年待ちとも言われていました。
それまでもちろんお蕎麦は食べてはいたのですが、【たまえ】さんで初めて食べた時に、お蕎麦の香りと、甘味をとてもよく感じられて、お蕎麦ってここまで深い味わいがあるのかという感動を覚えました。
その時に感動を店主さんにお伝えしたところ、『一度打ってみる?』、『今の歳から打ち始めると、上手に打てるようになるよ』と声をかけていただき、嬉しさのあまり即答し、しばらくは趣味として蕎麦打ちを教えてもらっていました。
2年間ほど、2週に一回ほどは【たまえ】さんで打たせていただき、それ以外も自宅で時間を見つけては、お蕎麦を打つ毎日でした。
──とても偶然の出会いから、お蕎麦にはまるきっかけが生まれたのですね。もともと栄養士になろうと学ばれていたと思うのですが、お蕎麦屋さんを開くまでは、栄養士としてどちらかへお勤めされたのでしょうか?
いえ、実は趣味として蕎麦打ちを続けていくうちに、お蕎麦に心ときめいてしまいまして、この道で生きていきたいという想いが日に日に膨れ上がっていき、卒業後は栄養士として仕事することはなく、蕎麦の道に入っていくための修行を始めました。
──思い切りましたね!
周りからも驚かれました。笑
でも、今でもお蕎麦への想いは募り続けていく毎日なので、本当にあの時思い切った決断をしてよかったなと思っています。
その後、蕎麦の修行先を探すのですが、折角修行させていただくなら、自分が本当に『好き』なお蕎麦屋さんで勤めたいという気持ちがありまして、全国津々浦々のお蕎麦屋さん巡りを始めました。
22歳で専門学校を卒業してからというもの、一日に3軒のお蕎麦屋さんをめぐるという生活を一年ほど続けていました。笑
専門学校在籍中も、もちろんこれからは蕎麦の道で行くと決めてからは、本当に毎日食べていたので、実際に何軒ほど廻ったのかは、数えきれないですね。
長野、京都、大阪など本当に全国回っていました。
そんな中でも、大阪の【からに】さん、そして東京の【眠庵】さんに出会ったときは衝撃で、ぜひ、修行させていただきたいと直談判をしたのですが、両店舗とも、その時はお弟子さんをとっていないということで、残念ながら働くことは出来なかったのですが、お蕎麦はもちろんのこと、お店の雰囲気しかり、日本酒を飲みたくなる雰囲気しかり、蕎麦前しかり、本当に今でも私が目指しているお店の魅力に溢れていて、今でも大好きで通わせていただいています。
そうこうしていると、当時東京の広尾で発芽そばを出しているお店【祈年】さんと出会い、始めてそこで発芽そばの魅力に取りつかれてしまいました。
そちらのお店では1年ほど修行させていただき。さらに視野を広げたいとの想いもあり、大阪の【笑日志】さんにお邪魔させていただくことになりました。
【笑日志】さんとの出会いもとても偶然で、たまたま全国のお蕎麦屋さんが集まるイベントがあったのですが、その時に席が隣になったことが縁で、お世話になることになりました。最初店主にお声がけいただいた際に、『私は自分が納得するおいしいお蕎麦を出しているお店でしか働きたくないな』と生意気なことを思っていたのですが、その後実際にお蕎麦を食べにお伺いしたところ、本当においしかったので、すぐ働かせていただくことに決めました。笑
味はもちろんなのですが、【笑日志】さんは、ビジネス街にあるお蕎麦屋さんなので、ランチ利用のお客様もおおく私が今まで勤めてきたお店とはまた少し違った良さもあり、新しい学びになることも多いのだろうなと期待して入ることにしました。
──実際に【笑日志】さんでお仕事をされる中で新しく気づいたこと、今のお店作りに活かされていることなどありますか?
一つは、ビジネス街にあり、ビジネスマンの方も多くいらっしゃる場所柄、定食風なスタイルでお客様にお蕎麦を提供されている点に学びがありました。
本格的な手打ちのお蕎麦と聞くと、手軽にランチに楽しむものとしては、少しハードルを高く感じられるビジネスマンの方も多くいらっしゃるかと思うのですが、【笑日志】さんでは本格的なお蕎麦でも、Aセット、Bセット、Cセットと表現して定食感を演出することによりランチでも手軽においしい本格蕎麦が食べられることをアピールしていらっしゃっていました。例えばAセットは、あらびき+田舎のセットであったり、ご飯を付けることもあったのですが、それも蕎麦湯で炊いたご飯をおだししていたり、味は本格的なのですが、ちょっとした工夫がお店やメニューに沢山あり感銘を受けました。そうした一つ一つの取り組みに、より多くの人にお蕎麦に関心を持ってもらいたいという想いが溢れていて、私が今まで接してきた蕎麦職人の方々とはまたちょっと違う視点を、とても尊敬しました。
──そうした学びが今のお店に活かされていることはありますでしょうか?
【笑日志】さんで学んだ、お蕎麦の魅力に触れてもらえる人を増やす活動ということは、今の私のお店のコンセプトや取り組みに大きく影響しています。最近では、お蕎麦教室を始めていたりもします。
また、自分の思う”価値”とお客様の感じる”価値”は違うということ、それを驕って、見余ってはいけないということも学び、今に活かされています。
自分が一生懸命時間かけて作ったもの、原価も時間もたくさんかかっているからこそ、もちろん価格の設定を上げたい。でも、それはお客様がそれに、どれくらいの価値を感じていただけるか、そこが大切であるということを、【笑日志】さんのお客様視点から学ばせていただきました。
──お客様を大切にされるゆきさんの姿勢の原点のお話を聞くことができて良かったです。そうした修行を経て、まずは水道橋で間借りのお蕎麦屋さんを開かれましたよね。そこに至る経緯も教えていただけますでしょうか?
修行自体は本当に楽しかったのですが、月日が重なるごとに、もっと自分が好きな空間で、自分が好きなものだけをお客様にお出ししたいという、わがままな気持ちがふつふつと湧き上がるようになってきたんです。
そんな時に、実は親戚が立ち食いのお蕎麦屋さんをやっていまして、そこが元々上機嫌さんも来てくださっていた【白木そば】なのですが、そこを定休日だけ貸してくれないか?ということで始めました。
自分が行きたいなって思えるそんなお蕎麦屋さんの空間づくりがコンセプトです。もちろん発芽そばを食べてはいただきたいのですが、お蕎麦だけではなく、おいしい一品料理があって、ついついお酒が進んでしまうなぁーというお店を作りたかったのです。なので、一品料理も、ちょっとずつ色んなおつまみを、値段も手ごろにお出しさせていただいていました。また、お蕎麦屋さんだから、ということで料理を考えるのでもなく、自分が本当に好きなおつまみを出したいと日々作っていました。たとえばおでんを出してみたり、塩辛を漬けてみたり。本当に自分が好きなお酒のつまみばかり出していました。笑
──私も何度かお邪魔させていただいていましたが、本当に酔い時間をすごさせていただいていました。ありがとうございます。そんな拘りの一品料理の数々ですが、その中でも、これは最近のヒットだ!と思う一品があればぜひ教えてください。
二品でも良いですか?笑
まず絶対に外せないのは、作るのも、食べるのも、お出しするのも大好きな牛すじ煮込みですね。
また、最近では鴨ロース煮込みに向き合っています。鴨の一番おいしい食べ方ってなんだろうと、かれこれ3か月間ほど向き合い続けています。塩焼きも良いのですが少し脂がでてしまったり、かえし漬けにしてみたり、時には様々なジャンルの鴨料理、例えばフレンチに行ったりと、様々な研究を続けてきたところ、ようやくここにきて最高の火入れの鴨ロースに行きつくことができました。ぜひ、多くのみなさまに楽しんでもらいたいと思っています。
──ぜひ、今度お邪魔させていただいた際には、その鴨ロースで酔い時間を過ごさせていただこうと思います。ところで、水道橋での間借りのお店を閉めて、今の場所で始めた経緯について教えていただけますでしょうか。
自分の中でさらに良いお店作りをしていきたいという欲がふつふつとわいてきたからなんです。もっと素敵な器でお出しできるようにしたかったですし、もっと内装についても、より自分のイメージする雰囲気にこだわりたいと想うようになっていきました。しかし、間借りなので、できることの範囲も限られていたこともあり、自分のお店でやろうと考えるようになりました。
様々な物件を見ていたのですが、ちょうどコロナ真っ盛りのころで、お店を借りるといろいろと難しいことも出てくるかなということと、みなさんが安心して食事を楽しんでもらえる場を作りたいと思い、今の自宅の一室を使う形態となりました。
お店にきているという感覚ではなく、お酒もセルフで取れるようにしていたりと、友人のおうちに遊びにきた感覚でくつろいでいただける空間づくりを心がけています。
──本当に素敵な空間で、酔い時間をいつも過ごさせていただいていますし、一緒にいく友人も本当に感動しています。さて、インタビューも終盤に差し掛かってきましたが、肝心の発芽そばについてまだお伺いできていなかったです。笑 発芽そばについて教えていただけませんでしょうか?
お蕎麦と一言で言っても、様々なジャンルがある中で、発芽そばもまた一つのジャンルだと思っていただければと思います。発芽そばは一般的なみんなが想像するお蕎麦よりも、甘味が深かったり、香りが独特で、食感がとてももちもちしていることが特徴です。何よりも、発芽そばをやっているお店は、ほとんどないということが一番かもしれないですね。
都内だと私以外はいまのところ聞いたことがないのと、関西の地方の方では2-3店舗やっているところもあると聞いています。
それほど発芽そばをやっているお店が少ないのには理由があって、何よりも打つのに普通のお蕎麦の2倍近くの時間と、手間がかかることです。また、蕎麦の実を発芽させる時間を決めたら、打つタイミングも拘束されてしまうので、なかなかふつうのお店だとお出しするのが難しいと思います。
蕎麦の実を発芽させると言いましたが、蕎麦の実を水につけて、季節によって違うのですが、大体12時間くらいで1-2mmほどの芽が出たタイミングで打つようにしています。芽が出すぎてしまうと、香りと甘味を感じられなくなり、草っぽい香りになってしまうのです。いままで長年発芽そばと向き合ってきた経験から、ようやく、時間の感覚がつかめてきていて、ばらつきなくお出しできるようになっています。
──発芽そばの魅力を教えていただきましてありがとうございます。さて、最後の質問になりますが、今後の展望について、想いを教えていただけますでしょうか。
発芽そばは、先ほどの理由もあって、いまのところ東京では発芽そばを食べれるお店がありません。そうすると必然的に発芽そばに触れていただける機会も少なくなってしまっているのですが、もっともっと多くの人に発芽そばの美味しさを知っていただきたいと思っています。
そういう接点作りの為にも、蕎麦打ち教室を開催したり、若い人にも来ていただきやすい、そんな場づくりをしていきたいと考えています。
なんだかお蕎麦好きというと、蘊蓄であったり、作法であったりと、少しハードルを高く感じてしまうかたもいらっしゃいますよね。そうした方々にもっと気軽に蕎麦を楽しんでいただいて、よりお蕎麦、そして発芽そばの魅力を知っていっていただきたいと思っています。
ぜひ、まずは気軽に私の発芽そばと蕎麦前の時間を楽しみに来てくださいね。
<あなたにとっての“そば色”は?>
【“みどり”です。】
私にとってお蕎麦ってとても自然に近いものであり、シンプルなものだと思っています。華やかさ自体はないんだけど、自然体そのものであると思っています。
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